第1話「秒針」

「ごめん、痛かった?」

「ううん、大丈夫だから。本当に気にしないで。」

 私の緩んだ瞳を真上から覗き込み、決まり文句かの様に男はこう尋ねる。そして私は、いつもの様に男にそっと背を向けてシーツの端っこを握りしめる。広いベッドの上には重たい空気が張り付き、秒針の音と空調機だけが器用に動く。肩でタバコの煙と大きなため息を感じ、また私は冷静さを取り戻す。

 その後、突然訪れる“やりきれなさ”と“寂しさ”が勝手にドアに向かって走り出し、重たい頭をグッと持ち上げると、また独りに戻っている。あれから私、幾度と同じ乾いた夜を重ねてきたんだろう。味なんてものはなく、モサついた口当たり。まるで灰を食べているみたいに。

“この人はきっと違う。こんな不器用な私を理解してくれる。”

出会った時はいつもそうなんだ。心の何処かで期待している。言葉以上の深い繋がりで、私の中の寂しさや屈折した愛を受け止めてくれる。この男なら全て引き受けてくれると。少しだけ、少しだけ。私たちは互いにきっと、繋がりを求め生きている。無意味な言葉より深く、永遠を誓う詩より儚く。

第2話「心の傷み」


「お前、怖いわ。もう切るよ。」

 受話器の向こうからボソリと聴こえた彼の声。次の瞬間、私はその声に向かって携帯を壁に投げつけていた。涙と嗚咽で会話もろくにできず、心とは裏腹に…

「死ぬ!」

と一言叫んで電源をOFFにした。“若い女は簡単に「死ぬ」と口にするから、まったく手がかかる。”と昔のイタリア映画でよく表現されていた様に。3回の不在着信があったが、4回目は鳴らなかった。(私って本当に最悪!)

 彼は26歳。メディアの業界で働いているから、とにかく睡眠時間が少ない。やはり、多忙な彼と学生の私には、大きなボーダーラインがあった。お互いの立場上、どうしても譲れない一線が次第に存在感を増していった。付合った当初は、彼も努力して会う時間を調整してくれたが、半年経てばすれ違いだった。(ただでさえ仕事で疲れているのに、お前の芝居の相手までは出来ないって。いい加減にしろよ。)
 彼は内心、きっとこんな調子だったと思う。私、また子供扱いされる、きっと。最初は余裕ぶってた私も、半年たてばこうなるんだ(笑)。死ぬ気なんて無かったけど、心配してほしかった。ただそれだけ。私がいなくなったら悲しむのかな。寂しいかな。でも、すぐ忘れられる。

 睡眠薬を飲む勇気はなかったが、とりあえず薬を20錠ほど飲んだ。何かを必死に消し去りたくて、水でいっきに流し込みベッドにどっかり倒れ込んだ。もうヘトヘトなんだ。疲れたよ。体がずっしり重い。
 何時間後かにひどい激痛で目が醒めた。顔は涙でぐしゃぐしゃで、右手は携帯を握りしめていた。今まで感じたことのない感覚。お腹の痛みか胸の痛みなのかもう、わけが分からなかった。でも、ぼんやりした世界で唯一はっきりした輪郭。

“確かな傷み” “生きている喜び”

傷みがあるから恋だと気づく、傷みを知ったから優しくできる。傷みがあるから、傷みが分かるから、また人を愛し生きたくなる。だからもう、自分を傷つけるのはやめよう。

第3話「Our Song」

 結局、彼の浮気が原因で別れてしまった。でも、終わってしまうと呆気なくて。今はどうにか忘れる様に努力してる。気付けば3キロ痩せちゃった。

 私には妹の様に可愛い女友達がいる。性別問わず、直感でビビっとくる相手とは、何かしら共通項があるもの。彼女もその中の1人で、同じように人生や恋愛に悩んでいる。それが、似た様な境遇、同じタイミングで。だから、二人同時に笑っているか、泣いているんだから可笑しいよね(笑)。

 そんな彼女と、いつもの様に終電頃に待ち合わせをする。彼と別れてから、夜のクラブ活動が頻繁になっていた。ポカンと空いた穴を埋めるかの様に、私達は強く音を求めていた。それもハードな!
 クラブってナンパも普通に多いし、軟派なヤツらもいる。そんな誘いの声は “NO,THANKS YOU!” で、無視。ひたすらレッドブル片手に踊り続ける硬派な私達は、かなりレアだったと思う(笑)。音が私の心を丸裸にして、私がそれに応える感じ。それが最高に気持ちよかった。

 『Our Song』を聴くとね、あの日の夜が鮮明に蘇るんだ。つまらなかった毎日が、何だか急に楽しく見えてきた夜。同じ一つの箱で、フラッシュライトに照らされて、共通の音楽がそこにはあった。色んな人種が入り混じり合って、みんなが楽しそうに笑って、揺れてるの。その場にいる全員が恋してるみたいにね。“本当は寂しいんだょ。”って心の中で叫んでいるのに、みんな幸せそうな顔してる。きっと、ハッピーだった記憶とダンスしてるんだ。私にはそう見えてたんだよ。

PAGE TOP