第4話「グレーな関係」
大学4回生の冬、卒業論文を書き進めながら、アパレル販売のアルバイトをしていた。セールの時期は、学校が休みの日だと残業もしていて、9cmヒールで12時間拘束。外から見れば華やかで、楽そうな仕事というイメージがあるかもしれないが、その幻想は捨てましょう。(笑)その100倍大変なお仕事です。仕事が終わる頃には、“脚取りたい!”って本気で思うよ。その“脚パンパン”な状態で家に帰って、深夜までパソコンに向かって論文を書く。学業も仕事も、両者とも妥協や言い訳をしたくなかったから。
でも、繰り返す毎日から急に逃げ出したくなった。両方とも投げ出したいのではなく、身のやり場を探していた。正確に言えば、止まり木が欲しかった。心身ともに癒してくれる大木。それは、明らかにあの頃ずっと欲しかった愛とか恋ではなかった。何故なら、“好き”や“愛してる”の言葉が無意味で、必要無かったから。“付き合う”って言葉の呪縛が、その頃の私には凄く軽く感じた。
「ヒロ君、今日はそっち行っていい?」
「別にいいけど。てか、お前は捨て猫か?」
最近、連泊が続いていた。彼にそう言われて気付いた。“私の事を知らない、知ろうともしない。”そんな彼との奇妙な生活が、私の唯一の心の逃げ場だった。寒くて寂しくて心細くて、独りでどうしようもないや。きっとここに毛布があれば、無意味に包まっているだろう。二人の上辺だけの会話が、部屋中BGMの様に心地良くて、私の中身なんて興味ない彼に、安らぎすら感じてしまうよ。
私の中身なんかさっぱり興味ない人と、ただ一緒にいてさ、他愛無い話をして。ただ、甘えたかっただけなんだ。(“人肌寂しい”て、こういうことか。)

第5話「自販機の缶コーヒー」
走り出す前から決まっている結末。私は完全にグレーな関係にはまり、ヒロとの奇妙な生活が幕を開けた。好きな顔、好きな香り、好きな温もり。全部が私のド真ん中で、一目惚れだった。あまり言葉は交わさないけど、私にはすごく落ち着ける場所だった。付き合うとかじゃないけど、逢いたくなって。好きかどうかは分からないけど、勝手に体が彼の元に進みたがるのが分かる。
恋愛ごっこが進むにつれ、彼に対する私の欲求は日に日にエスカレートしていった。無意識の中にも独占欲って生まれるんだ。背後に見えない敵を感じながらも…彼の部屋で二人寄り添う“この瞬間”に不思議と優越感すら感じてしまう。矛盾だらけの世間への当てつけみたいに。考えてみれば変だよね。こんなのきっと愛じゃないのにね(笑)。だけど、いいんだ。独りでいるより少しだけ心が温かいよ。少しだけ。だから…
「ねえ、もう少しだけ居ていいかな?」
「別にいいけど、今から俺は仕事行くよ。」
「うん。卒論しながら待ってるし。パソコン借りるね。いつ帰ってくる?」
「分からないな。朝になると思う。」
「そっか。お仕事頑張ってね。」
幼い頃、私が描いた理想とは程遠い現実。恋愛ってココアみたいに甘ったるくなくて…自販機のブラックコーヒーみたいだね。簡単に手に入って、直ぐに冷えてきちゃう。でも、凍えた手で握り締めると、温かくてさ。ずっと、この温もりが続く訳じゃないけど…その瞬間だけは“幸せ”感じちゃうんだよね。(今日も朝まで徹夜コースだな。自販機で缶コーヒーでも買いに行こうか。)

第6話「マーキング」
「あとさ、俺の洗濯物も畳んどいてね。」
「任せて!これでも一応はアパレル店員だし。」
「じゃあね、行ってくるね。」
「はいよ。気をつけてね。」
ヒロの瞳は水晶玉みたいに繊細で綺麗で、あの目でお願いされると私はめっぽう弱い。彼は32歳、飲食店で働いている。10個も年上の男に“可愛い”は不適切かもしれなが。私には“わんぱくな少年”の様に映ってしまう。
バタンっというドアが閉まる音がして、私は独りぼっちになってしまった。ソワソワして何か落ち着かないので、とりあえずメイクを落とす事にした。完全にくつろぎモードだ。洗面台に向かう途中、彼の“過去の記憶”と遭遇した。昔の彼女の歯ブラシやお風呂グッズ、靴下。(正直、かなり複雑なんですけど。)と、心の中ではそう呟きながらも、私は元彼女のユニクロのルームウエアを着ていて…。得意の妄想を始める前に、慌てて元彼女の歯ブラシの横にドカっと自分のメイク落としを置いた。
“女は部屋中に“忘れ物”というマーキングを残して、
男はその使い古された檻の中に、新しい女を放つ。”
そう思うと、ちょっとだけ昔の女達に同情してウルッとなった(涙)。
(それにしてもさ、すっごい悪循環!)


